これは、Part 1の続きです。
内容
表現論に関する基本的な定理たち
以上で基本概念の定義と応用例の大まかなイメージを与えた。そこでは証明なしでいくつかの主張を記した。その証明の概略等をここでは与えるかもしれないし、そうでないかもしれない。
まずは、「有限群の任意の表現はユニタリー表現に同値である」という主張の証明について。証明の方針としては、具体的に有限群の表現が一つ与えられたとして実際にそれをもとに同値なユニタリー表現を構成して、それが本当にユニタリー表現となっているのかを証明している。この証明の方針自体はごくありふれた物だと思うが、実際にどの様にすればユニタリ表現を構成出来るのかを分かっておく事は意味のある事だろう。それさえ覚えておけば、数学を知っている人が自分だけになっても証明をすぐに書くことができそうだ。
具体的な方法とは、以下の通りである。まず、元の表現において、もとの群Gの元gに対応する線形演算子をD(g)とした時に、S=ΣD†(g)D(g)の様に演算子Sを定義する。但し、Σの範囲に関しては、gをGの元全体を動かすものとする。(この時、総和の各項はエルミートであり、従ってS自体がエルミート演算子である。さらに、証明は省略するがこの行列は半正定値である。)次に、Sの平方根となる様なこれまた半正定値エルミート行列をXとする。(行列の平方根は、一般には存在や一意性については保証されないが、今回の状況においては存在については保証される。一意性に関しては、正定値であれば保証されるらしいが、あまり深く理解していない。スペクトル論等をしっかり理解すれば習得できるんだろうと思いつつまだ理解できていない。)以上の準備を終えれば、所望のユニタリー行列はD'(g)=XD(g)X^{-1}の様にすれば得ることが可能である。
次に、「有限群の表現は完全可約である」という主張の証明について。この証明は、任意の有限群の表現がユニタリ表現へと帰着できるという主張の成立を活用しながら示す。おおよその方針としては、以下の通りである。完全可約とは要するに、空間をいくつかの不変部分空間へと余すことなく分割できるということである。従って、ある不変部分空間への射影演算子をPとした時に、その不変部分空間の余集合への射影演算子1-Pを定義し、それが不変部分空間への射影を与えることを示せば良い。その時にポイントとなるのは、不変部分空間への射影を与える射影演算子が満たす事を表す条件式(1.11)を利用するという事である。
群論の続き
群論のちょっとした概念の定義を。とりあえず部分群、剰余群、商空間、同型くらいは義務教育の範疇としよう。
群Gの正規部分群H(不変部分群)とは、部分群Hであり、Gの任意の元gに対しgH=Hg(もしくはgHg^{-1}=Hでも同値)という条件を満たすものである。群論では正規部分群の方が頻出の呼び方だとは思うが、この本では不変性の方に重きを置いた呼び方をするのかもしれない。
正規部分群と似た形で、共役類も定義される。共役類とは、群Gの部分集合Sであり、群Gの任意の元gに対してgSg^{-1}=Sが成立する集合である。
因子群とは、Hを正規部分群としてG/Hである。つまり、群論で剰余群と呼んでいるものだ。
群の中心とは、群の任意の元と可換な元の集合である。この集合は自動的に部分群となる。さらにそれだけではなく、自動的に正規部分群であり、自動的にAbel群である。従って、群の中心は、最大の正規部分Abel群という特徴づけも可能だろう。
群の同型に関する事としては、次のことを抑えていれば良さそうだ。自分自身への同型は自己同型と呼ばれ、二種類に大別される。一つは、内部自己同型と呼ばれるもので群Gのある元gを用いてgGg^{-1}→Gの様に表現できる自己同型である。他方は、外部自己同型と呼ばれ、内部自己同型の様には表せないものがそちらに属する。
Schur(シューア)の補題
名前がよくShorのアルゴリズムとかと混じるけれど、表現論において非常に基礎的な定理だから、証明も頭に入っていると、それなりに見通しが良くなるだろう。もしくは、自分は表現論の基礎の証明をしっかり追ったんだ、という安心感も得られるだろう。なお、今回は表現論という文脈の上で、Schurの補題について考えるが、他の分野の文脈では大幅に主張の見た目が異なることには注意が必要だろう。
定理の主張としては、前半と後半に分けて考えることができる。(特に順序はないが、この順番で示す事により、後半の証明で前半の議論を利用する事ができる。)まずは以下の式を(*)とでも置いておこう。
Gの任意の元gに対し、D1(g)A=AD2(g)が成立 ・・・(*)
定理の前半の主張は次の通りである。「(*)の時、D1, D2が群Gの同値でない既約表現ならば、A=0である。」このことの証明の概略は次の通りである。まず、Aに右から作用した時に0となる様なベクトルが存在する場合には、その様なベクトルからなる集合が空間全体と一致する事を示す。それが示されれば、その様な線形演算子は0しかない為主張と合致する。その為には、上述の「Aに右から演算させた時に0となる様なベクトルの集合」への射影演算子を定義すると、(*)の式を利用しながら示す事ができる。さて、今考えたのは「Aに右から作用した時に0となる様なベクトルが存在する場合」のみであるので、次にそうではない場合、すなわち「Aにいかなるベクトルを演算させても0にならない場合」について考える。その様なAとはよく考えてみれば、単なる正則な正方行列である。その場合には、Aの逆元であるA^{-1}の存在などを利用すると、D1とD2が同値の表現となる事を示せる。しかしながらそれは、定理の前半の主張の仮定に反するので、背理法によって「Aにいかなるベクトルを演算させても0にならない場合」は存在しない事がわかる。以上によって、Schurの補題の前半部分が示された。
さて、続いて定理の後半の主張は次の通りである。前半ではD1とD2が同値ではないという条件下で考えたが、後半ではそうではない場合、すなわち、D1とD2が同値な表現である場合について考える。ただ、同値である場合には簡単な線形変換によって同じ表現へと変換が可能なので、今後はどちらもDと記そう。それを踏まえた上で、後半の主張は「(*)の時、D1=D2=Dであり、さらにDは有限次元の既約表現とする。その時、Aは単位行列の定数倍である。」というものである。以下に証明の概略を記す。まず、登場する行列が有限次元であることから、Aに関する特性方程式det(A-λI)=0は(代数学の基本定理によって)少なくとも一つは根をもち、それは特性方程式の解なので要は固有値である。次に、D(A-λI)=(A-λI)Dと(A-λI)に右から作用させると0になる様なベクトル(固有ベクトル)の存在を合わせると、状況としては定理の前半の主張の証明における「Aに右から作用した時に0となる様なベクトルが存在する場合」と一致している事がわかり、同様の議論によって、(A-λI)=0、すなわちA=λIを得る。
以上によって、主張は示された。特に後半の主張の条件として「有限次元表現である」という点は抜け落ちそうな点である。
この定理からわかる興味深い結論としては、「”有限次元の既約表現”の基底の選び方(つまり同値な表現への変換)の自由度はせいぜい定数倍のみである。」というものが挙げられる。実際、Schurの補題の後半の主張を少し変形すると、A^{-1}DA=Dとなる様なAは単位行列の定数倍、すなわち、定数のみである事がわかる。
Schurの補題の応用
Schurの補題の応用例を物理に見出す事ができる。
ある(我々が物理の系に対して要請するローレンツ対称性や並進対称性などの様な)対称性の変換の元で、不変である様な物理量に関して、Schurの補題を利用する事によって得られる多くの情報がある。
まずは、系の情報を全て持つ様なヒルベルト空間における表現を既約表現に分解する。各既約表現をDa, Db, Dc等と置き、その不変部分空間をa, b, cなどの添字でラベリングする。次にそれぞれの既約表現の中の状態(数学的には既約表現が表現しているおおもとの群の元)をi, j, kとラベリングする。さらに、同一の既約表現に従う物理量などが系に複数存在した時を考慮して、それらを添字x, y, zで区別する。すると、系全体の状態を表すヒルベルト空間はこれらの三つの指標を用いて構成される様な基底を持つと考える事ができる。いくつか、イメージを改めて膨らませておくと、aの指標を持つ基底で張られる部分ヒルベルト空間は既約表現Daの不変部分空間となっている。
以上の記法の元で、対称性の変換の下で、不変である観測量の演算子がOで表されている状況を考える。その観測量が不変であるという条件からOとD(g)が交換するという事を示す事ができる。心を落ち着けて(1.50)~(1.52)くらいを眺めてればじきにわかる。そこで得られる交換関係を利用する事によって、Schurの補題を適用する事ができる式(1.56)を導く事が可能である。実際に
Schurの補題を適用すると、上述のa, i, x等で指定される基底における演算子Oの行列要素が持つ各変数への依存性を明らかにできる。具体的には(1.57)の様な依存性を持つ。既約表現やそれが表現する変換群の元(すなわち変換)に対する依存性は具体的にクロネッカーのデルタで与えられたが、様々な物理量を区別する為の指標であるx,yなどへの依存性は表現論のみからは確定させる事ができず、ある意味で物理学の理論のための自由度が残されていると考える事ができよう。
疑問や曖昧な点
・Sが半正定値行列である事の証明を怠った。
・スペクトル理論でやった様な行列に関する基礎的な計算の性質などを忘れた。